運動の見立て

日記
12 /20 2010
本日は週1の太極拳教室の最終日だった。
私は昔から一つの事だけを行うのが苦手で、常に何かを同時進行で探求して来た。
それは今でも同じで、理学療法、ヨガ、ピラティス、太極拳、合気道を継続して来た。
それが来年からは、自身のスタジオの関係で、習い事の太極拳と合気道はお休みすることに、、、。
正直、寂しい。
本当にどれも良いところがあって、気付かせてくれるから。
自分はそうやって色々なものの良いところにほれて動いて来たんだなと思う。
だから、人に対してもその人の良いところを見ると、みんな好きになる。

自分はこれしかないというのも格好いいし、純粋でいいなと思ったときもあった。
自分はミーハーで軸がない感じがして、悩んだときもあった。
でも、ある人に多くのものの良いところが見えるって取り柄だよって言ってもらって救われた。

だから、今の自分がいる。
八百万の神の日本が好きだし、共感する。
一神教に慣れない自分が重なるから。

どの神も個性的で良いじゃない。
そしたら、皆を尊重出来るし、良い距離持てる気がする。
ある神に嫌われても、他の神に救われるってもの良いと思う。
それが自然界の根本の摂理だと思う。
肉食はだめで草食は良い。
良い悪いはないよね。

運動も、その人の身体にあったものが、その人にとって良い運動。
運動そのものが良いとか悪いとかではなく、行う人に合ってるか合っていないかの問題。
人間関係もそう。
道徳や倫理というものあっても、その人が良い人か、悪い人かはどうでしょう?
皆赤ちゃんのときの可愛さは一緒だったはず。
教育が、まさにその人を育てたわけでしょう。
ではその人が良い悪いというのは、、、。

話しが横道過ぎますが、ヨガだけがいいとか、太極拳だけがという事を言いたくないという事。
悟りへの道はこれしかないと言うのはある意味楽。
選択肢を持たないのは悩まなくていいし、比較検討しない分、思考的に楽。
一つの道を行っても、目指すところは同じという感覚が大切。
そうすれば、相手の事象を否定する事はない。
富士山の山頂を目指す登り口は4つくらいある。
登る過程は全然違うから、印象も違う。
でも頂上へ向かっているのは同じ。
それで良い。

その人に合っているかどうかが重要。
そこを見定める事が出来れば、とても心地よく楽しく登れる気がする。
そんな事を考えている。

ヨガも、ピラティスも、太極拳も、武道も、自転車も、、、。
ミーハーかもしれないけど、それぞれの良さを実感として持っている自分は、その素晴らしさを自分を通して、共通の医学と言う言語を通して伝える事が出来る様な気がしている。
だから、どんどん見立てて行きたい。
こんな人にはこれがお勧め。
脊柱が硬くても太極拳は楽しめる。
膝が痛くても自転車は比較的できる。
心が不安定でもヨガは受け止めてくれる。

その人の身体と特徴から、どんな運動がお薦めか。
服の見立てのように、ソムリエのように。
そんな事考えながら、自転車で寒い八王子を走って帰って来ました。

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中村尚人

医療とボディーワークの融合を試みていきます。
自分の身体の声に耳を傾け、対話をしましょう。

~資格~
Yogaインストラクター
Pilatesインストラクター
理学療法士
シュロス®セラピスト
介護支援専門員
福祉住環境コーディネーター2級

~所属~
日本理学療法士協会
日本人類学会

~雑誌~
「ヨガジャーナル」
「ヨギーニ」
「日経ヘルス」
「からだにいいこと」
「NEXT」
「秘伝」etc

~出版物~
「ヨガの生理学」
「ヨガの解剖学」etc