治療的自我

日記
10 /22 2014
人には他人のいいところを見ようとする人と、人の欠点を探して自分を満足させる人のパターンがあると思う。

自分もそうだったけど、自分しか興味が無い人は概ね後者。

子供ができたり、医療者として患者さんと接してる人は前者が多いと思う。

治療的自我という話を習ったことがある。治療者としては自分が直しているという錯覚に陥ることがあるが、その技術や知識は与えられたもので有り、直っているのも患者さん自身であると。

そもそも自分は自分で生まれたのか。
自分で育ったのか。
全て自分以外のお陰。

命も毎日違う命をもらっている。

自我が大きくなって、他人を否定し、自分の満足のために生きている人に、ヨガなどを通して、この事実に気づいて欲しいと思う。

特に患者さんに関わっているような人達には、治療的自我を持って欲しいなぁ。

あぁ僕自身ヨガで救われてるなぁと思う。

相手のいいところを探すと自分に対しても優しくなれる。
そう自分だって欠点だらけなんだから。
取り繕う必要もなく、ありのままでいいんです。
人を否定しなくても大丈夫だよ^_^

若い時の自分はそれこそ我だらけでした
f^_^;その節はすいませんでした、、、。

親になり、会社を率い、多くの方に助けられ、徐々に成長中です。

専門家

日記
10 /20 2014
医療分野の専門家から一般の企業になって、社会に出て思うのは、本当色んな専門家がいるんだなぁということ。

病院というほんと狭い世界で社会人になって、関わる人は殆ど患者さんか同じ医療関係者ばかりで、相当視野狭窄してたなと思う。

デザインも、経営も、営業も、経理も、インストラクターも、コピーライターも、編集者も、販売員も、開発も、内装屋さんも、、、とにかくみぃんな凄い専門家。

自分じゃ全然ひよこレベルf^_^;

色んな方と出会って、刺激受け、教えられ、少ぉし世の中が見えて来た気がする。

ビジネスマンとして世の中と関わってみると、あぁこんなに多くの専門家がいて、職業として成り立っているんだなと。

治療家だからといって自分は凄い何てほんと言えないねぇ。
自信は持ってないと仕事出来ないけど、同時にいやそれ以上に謙虚じゃないとね。

沢山の専門家と会ってほんと成長させてもらってる。
子ができて親になるのもそうだけど、初めての分野が1番自分を成長させてくれる。

今日はフィットネスのプログラム開発者との打ち合わせで、いやぁ専門家だぁとまた刺激受けたわけです。

ヨガ、ピラティススタジオのクラスとは訳違うよと。

とにかく分からない始めての世界、勉強させて頂きます!
来年度、いいものを世に出せるよう、精進×2!

脚長差

日記
10 /08 2014
病院にいるころ脚長差(足の長さが違う)というものは術後の後遺症かかなり病気の進行した時に出るもので、そんなに多いことではないだろうと思っていました。
ですが、実際に臨床をしているとどうしても脚長差としか考えられないケースを多く見ます。
ようやく、その原因がだいたい分かってきました。

私が行き着いた結論は、やはり成長期の過剰な運動です。
ダンスやバレーなどの飛び跳ねる運動様式です。
成長期の偏った身体の使い方が生涯を通じて身体の偏位(骨格の歪み)を引き起こすことは最近何度も色々な場で訴えてきましたが(改善運動への動きまでは繋がっていませんが、、、)、骨格特性だけではなく、脚長差までもかという感じです。

この事実をなんとかして確かめて、伝えなくてはなりません。
今後、医師とも連携し調査および啓蒙を行っていこうと思っています。
医学的知識のない部活動は、根性は鍛えられても、生涯の身体の障害の種になります。
特に脚長差はその上にある全ての身体に影響を与えます。
子育てする身としても、黙っていられない事実です。
同じように臨床で、脚長差について気付くことがあればぜひ共有してほしいです。

また、療法士で脚長差に付いて、前の私のようにそんなことそんなにないだろうと高をくくっている方がいたらもう一度、基本の評価をしっかりとクライアント、患者さんにしてみて下さい。
やはり基本は大事だなとつくづく感じています。

最近は、3mm、6mm、9mmくらい足底板で補高しました。
主訴の痛みなどはその場で取れました(^^)
でもこれ生涯入れ続けなければならないということです。
生涯支えますが、こういう風になる現状のシステム酷すぎます。

現状に答えはない

日記
10 /05 2014
理学療法士の若手の方へ②「答えはない」


理学療法の分野では多くの手技や理論が存在します。それは、今までなんとかして身体の真理を探究してきた先人達の功績だと思います。ただ、その手技や理論を学べばそこに真理があるかというと、少し乱暴かもしれませんが、残念ながら参考にはなりますが、真理、答えはないと思います。それは、理学療法がこのEBMの時代にあっても、そこまで高いエビデンスを築けていないことからも自明ですし、機能障害の発生率が変わっていない、つまり予防できていないことからも分かります。

真理が分かっていれば、とっくの昔に五十肩、変形性疾患、脳疾患の後遺症は消えているでしょう。この時代になっても、結局は今まで後療法視点の対症療法しかしてこなかったため、その疾患を予防できる様にはなっていません。もし、真理があり、答えがあるのならば、機能障害の発生率を軒並み減らせるはずです。原因が分かっているので治せるというのが本来です。
感染症の原因菌が分かり、感染経路が分かれば予防できます。そうすれば感染しないはずですし、実際に多くの感染症は撲滅できています。公衆衛生の力ですね。西洋医学はここが最大の強さです。しかし、同じ西洋医学ですが、残念ながら理学療法の対象疾患はそうはなっていません。(外傷、遺伝疾患は別ですが。)

大きく考えて、既存のものの中に答えはないと思った方がいいです。そして、その真理は自分で探した方がいいです。現状の教育システムにしろ、現状の講習会から学んでも、答えがないものの中から正しい治療法を探す訳ですからそもそもムリです。理学療法で「結果を出す」とよく言いますが、そもそも疾患の原因が解明できていないのに結果というのも「?」なものです。対症療法の結果ということでしょう。
もっと広い視点で、医療に限らず幅広い学問分野から情報を得て融合することで、現状にないものを見つけることが出来ます。そして、臨床とはまさに、最低限の基礎を学んだ後は、自分自身の人格、教養を含めた切磋琢磨、治療家としての感性の鍛錬の日々になるのです。答えを他に求めてしまっては、他人に責任を押し付けかねません。海外の◯◯先生が言っていたから、◯◯法ではこう考えらしいから、、、これで自分の治療に責任を持てるでしょうか。自分の人生であり、自分の歩む道であるのならば、答えは自分で探すべきでしょう。

科学的な検証はとても重要です。科学的な思考過程は医療者としては必須でしょう。ですが、同時に自分の経験、感覚、必要とされている環境なども、文献や研究などと総合的に組み合わせることが必要でしょう。また、文献は気をつけなければならない点もあります。データそのものの信頼性もさることながら、「考察」の項目が特に注意が必要です。考察はその研究者の知っていることの中から結果を導きだしていますので、ムリのある考察も多く見受けられます。また、教科書として使われているものもやはり自分の責任でしっかりと内容を吟味して、使える所は使い、使えない所は客観的に批判的に判断すべきです。正常と書いてあるものも怪しいです。集めたデータに有意差があって結論づけられたとしても、そもそも集めた人達が正常という根拠はありません。正常であろう人達のデータで、正常と言えることが怪しいですね。特に歩行では、私が見る所では、正常歩行は2割程度でしょう。すると、無作為に集めたら多数は異常歩行です。ですが、統計では異常歩行が正常と判断されます。

偉い先生や、海外の先生が来ると多くの若手の療法士の方は、凄いことを教えてくれる、きっとそれが真実だと思ってしまうでしょう。しかし、権威があろうと所詮人間ですので、粗はあります。そして、若いからといってセンスがないということとは違います。経験年数関係なく、患者さんからは先生と見られます。自分に対して妥協せずに、自分の責任で提供できるものを探しましょう。
私自身、今まであってきた凄い先生と言われている方に習い、教えを受けてきました。しかし、答えはなかったです。結局自分で探さないと見つからないものです。答えなんかない。自分で探すものだと教えてくれたのは親交のある歯科の先生です。

また、私が凄いと思う先生ほど、毎回新しい発見をされています。止まっている人は思考停止ですね。答えが分かったと思ってしまっている。大先生でそうであれば、現状は答えがまだ見つかっていないと思って方が適当じゃないでしょうか。


私自身それなりに中堅と言われる立場になってきましたが、全然まだまだ分からないことだらけです。ほんとに人生をかけてそのうちのいくらかでも真実を見つけたいと思っています。残りの人生で足りるかどうか怪しいところです。現状はそんなものです。私もたいしたことありません。正直、凄い人は医療業界以外にごろごろいます。気功だって、アーユルヴェーダだって、いわゆる代替医療と言われているものの中に、現状の理学療法の比じゃないほど治す方もいます。

でも、私は理学療法士として、感染症の公衆衛生が成し遂げたように、西洋医学の強さを活かして、変性疾患、脳卒中後遺症、心疾患など、理学療法の対象であり、かつ原因追及によって因果関係が明確になる疾患を撲滅したいと思っています。因果関係の分からないものに関しては代替医療でももちろんいいと思います。ただ、理学療法士でありながら、因果関係を追求しないのは、対症療法ですし、逃げだと思っています。西洋医学の役割をやり切ってからにした方がいいでしょう。

私は、ヨガやピラティスという身体と心を同時に扱うこともしていますが、理学療法から逃げたことは一度もありません。今も、ウォーキングを通して、理学療法の神髄を探っています。様々な顔はあっていいですが、理学療法士の役割、西洋医学の使命を全うしたいと思っています。今の所は、、、(^^)。


個人の意見ですから異論もあると思います。ただ特に若い方に、僕の様に盲目的にある手技を信仰して、患者さんにとってもっといい治療法を提供するチャンスを逃してほしくないと思っています。若い頃は◯◯法に本当にハマっていました。患者さんに本当に誤りたいのです。今思えば、完全に信仰でした。全然科学的に思考ではなかった。そこに答えがあると錯覚していました。

答えはありません。対症療法では、疾患、障害の撲滅は出来ません。
参考になれば幸いです。


私は現在、予防運動療法研究会を主宰しています。この中では、正常とは何か?機能障害の発生機序は何か?そして、障害を起こさないための予防的な関わりをどうやっていったらいいかを学んでいきます。また、正常を知ることで、治療方法も既存の様々な方法とは一線を画すものを作り出すことが可能になります。2つの立場をぜひ、明確にしてもらって私は若手の頃に陥ったフラストレーションの時間を有効な学びの時間に充ててほしいと思います。研究会に興味のある方はぜひ以下のHPをご覧下さい。
http://www.yobou-pt.com

私自身の活動に付いては、八王子のスタジオ「TAKT EIGHT」のHPを確認下さい。様々なWSや講習会を行っています。
http://www.takt8.com

最後に。理学療法士は、もっともっと社会に貢献できます。幸せに出来ます。そして、理学療法士として活躍している、活躍する方々自身の人生もぜひ楽しみとやりがいに満ちたものであってほしいと思っています。自分自身をまず正常に!そして、自分自身を幸せに!そしてその、正常と幸せを広めていきましょう。

理学療法士 中村尚人
(株)P3代表取締役、(社)日本ヘルスファウンデーション協会代表理事、予防運動療法研究会主宰
ヨガインストラクター、ピラティスインストラクター

若手の理学療法士の方へ①

日記
10 /04 2014
理学療法士の若手の方へ①「2つの立場」

私は臨床17年目の理学療法士です。今まで大学病院、クリニック、老人保健施設、訪問リハ、デイサービスと理学療法士が活躍する分野ほぼ経験してきました。その中で、理学療法士の仕事とはなにかを常に考えてきました。そして自分なりではありますが、見えてきたことがあります。それを僭越ですが、お伝えしたいと思いこういうメッセージを書きました。個人の意見ですから異論もあると思います。特に若い方に、僕の様に苦しむ時代を過ごしてほしくないので、参考になれば幸いです。


まず、理学療法士の立場には大きく分けて2つあります。1つは治療家です。療法士という名のように、先天的にせよ後天的にせよ、障害を負った方、怪我などで一時的に機能障害を負った方に対して、物理的にせよ徒手的にせよ様々な手法を使って治すために治療する立場です。このためには、治療技術の向上に臨床経験の積み重ねが必要です。理学療法には様々な技術が存在していますので、皆さんもこれから多くの技術を身につけることだと思います。
もう1つの立場は支える立場です。現代の医療では治すことの出来ない難病や、先天的な障害、そして避けることの出来ない老い。この方達に対して、二次的な障害を予防するために支えていく立場です。ここでは、治療技術も必要ですが、それ以上に人を支える人間力が必要です。人間は一人では生きていけません、障害を持っていればその程度が大きくなります。理学療法士としてだけでなく、その患者さんのご家族やご友人、また同じくその患者さんに関わる他職種の方達とのコミュニケーションが大切になります。互いを理解し、生きることの意味を考え、それぞれの価値観を尊重し、支える、そばにいることで、より健やかな人生を送れる様にする立場です。
この2つの立場は、同じ理学療法士ですが、大きく違う価値観です。そして、この2つの分類で分けきれない場合もあります。患者さん本人の意思と、ご家族の意志との乖離や、個人の価値観と社会の価値観の乖離など。それこそ、本来は十人十色の状態、価値観に対して、関わっていかなければなりません。時には、それは辛く、理学療法士として割り切るような感覚を持たざるを得ないこともあるでしょう。現実は理想通りだけではありません。ただ、この2つの大きな異なる立場があることを知っておくだけで、実は大分自分自身は軽くなります。その利点を少しお話しします。

先ずは、関わっている患者さんに対して、自分は治そうとしているのか、支えようとしているのかを考えてみて下さい。治そうというのは、正常にすることです。ということは正常に戻ることが可能な方ということになります。例えば、20代の腰椎捻挫の方に対して、原因となる重心の偏位や、歩行の特徴を是正して、正常な状態に戻すことは可能でしょう。正常に戻れば理学療法士として関わる必要はもうないでしょうあ。では、80代の脊柱の変形が強い方に対して、同じ腰椎捻挫を完全に取ることは可能でしょうか?正しい歩きの獲得は可能でしょうか?おそらくかなり難しいでしょう。このように、同じ疾患であっても対象によって「治す」と「支える」の2つの立場になることが分かります。ご高齢な方や骨格変形の強い方に対しては、「支える」つまり継続的なコンディショニング、フォローが必要ということです。そこで治すことに固執すると、お互いに不必要な期待をし、でも治らないというフラストレーションの場所になってしまいます。治すという姿勢はあってもいいのですが、中心の立場は支えるということが分かっていると、そのようなフラストレーションで悩まなくても大丈夫なります。ちなみに、支えるという立場は単に何もせず話を聞くだけという訳ではなく、対象者の人生をより健やかにするために、ありとあらゆる策を講じるということです。それは、理学療法という狭い範囲では対応できません。人間としての人生経験、愛情、創意工夫などが必要です。また、支えるとは一生支える、付き合うという覚悟もいります。それは、簡単に出来ることではありません。現状をどうにか過ごせばいいということではなく、これからの人生を専門家として、良い助言者としてしっかりと支えるという立場です。

このように、治す立場でも支える立場でも生半可な覚悟ではありません。それがプロフェッショナルです。ただ、対象者によってその立場を見極め、どういう立場で専門家として向き合うかということを明確化するからこそ、患者さんともしっかり向き合えるのです。よく、様々な講義後に若手の療法士の方々から、自分の患者さんに対してどうやって治したらいいか悩んでいると質問を受けます。その時に、そもそも正常にするつもりなのか、正常にはならないけど、支えていくという立場どっちですか?と訪ねるとよく分からないというような返答を受けます。そして、多くは、正常にならない方を必死に、正常にしようとして困窮していることが多いです。

この2つの立場を明確化するためには、必要なことがあります。とても当たり前のことですが、以外と多くの理学療法士が出来ていないことです。それは、本当に正常のことを知っているか?ということです。簡単に言えば、自分自身は正常なのか?ということです。ROM、MMTのノーマルが正常なのでしょうか?正常歩行の定義は何でしょうか?正常な呼吸機能とは何でしょうか?自分は正常でしょうか?なぜ、機能障害が起こってしまうのでしょうか?それが、分からなければ、治る方か治ることは出来ないが、軽減する、コンディショニングで状態を維持することは出来るという方なのか見定めることは出来ません。


私は現在、予防運動療法研究会を主宰しています。この中では、正常とは何か?機能障害の発生機序は何か?そして、障害を起こさないための予防的な関わりをどうやっていったらいいかを学んでいきます。また、正常を知ることで、治療方法も既存の様々な方法とは一線を画すものを作り出すことが可能になります。2つの立場をぜひ、明確にしてもらって私は若手の頃に陥ったフラストレーションの時間を有効な学びの時間に充ててほしいと思います。研究会に興味のある方はぜひ以下のHPをご覧下さい。
http://www.yobou-pt.com

私自身の活動に付いては、八王子のスタジオ「TAKT EIGHT」のHPを確認下さい。様々なWSや講習会を行っています。
http://www.takt8.com

最後に。理学療法士は、もっともっと社会に貢献できます。幸せに出来ます。そして、理学療法士として活躍している、活躍する方々自身の人生もぜひ楽しみとやりがいに満ちたものであってほしいと思っています。自分自身をまず正常に!そして、自分自身を幸せに!そしてその、正常と幸せを広めていきましょう。

理学療法士 中村尚人
(株)P3代表取締役、(社)日本ヘルスファウンデーション協会代表理事、予防運動療法研究会主宰
ヨガインストラクター、ピラティスインストラクター

医療と自費治療

日記
10 /02 2014
自費のコンディショニング、プライベートレッスンという形で開業して5年目になる。
自費で見る様になって始めて気づいた身体の真実は多い。
人間は変わってないのになぜだろうとふと思った。

自分の中での違いとは、、、。
環境:
医療保険によるお約束事がない。病院保管のカルテ。今はクライアントのためしか書かない。保管もクライアント。
ダラダラしたMTG。自分がまとめてるので要点が絞ってあって無駄な時間がない。
余計な人間関係に気を使わなくていい。
価値観の近い人間しかいないので、人間関係がスムーズ。
必要なだけ時間をかけられる。治るまで見れる。単位とかいう言い訳ができない分、ひたすら考えられるし了解が得られれば、ひたすらアプローチ出来る。
医師の関門が無いので、どんな方でも来る。そのため、とにかく広い知識と技術が必要なので必死に勉強する。
多くの障害、疾患を見るため通底する真実に気付きやすい。

環境だけで考えても、すごい違いが出てくる。
でもこう言うのが医療でも可能だったら、本当に救われる人がもっと多くなると思う。

覚書の様な日記でした。

スマホからの初投稿^_^

健康法って特別なこと?

日記
03 /08 2014
◯◯メソッド、◯◯式健康法、、、とにかく人の名前のついた健康法多いですね。
でも健康法って特別なことでしょうか。
特別なことをしないと健康になれないんでしょうか?

僕の祖父は93歳ですし、100歳を超える高齢者ももうざらですよね。
その方達に健康の秘訣は?と聞いても以外と普通の生活ですよね。
ニンニクがいいとか、笑うこととか、よく歩くこととか。
別に特別な◯◯式健康法ってい胡散臭いと思ってしまいます。

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成長

日記
03 /02 2014
成長するっていうと子供が大きくなるような気がしますが、大人になったって成長します。
僕は、特に独立してからの成長が半端ない気がしています。
お腹もそうですが、、、。

それは、夫になり、父になり、社長になり、理事になりという社会的な側面もそうです。
環境的に成長させられてます。
また、臨床が予防のコンセプトになってから、医療って、理学療法って分かってない事だらけじゃんということに気づいて大変なんです。
調べる事が山のようにあるし、考える事も海のように深いし、、、。

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歴史

日記
03 /01 2014
歴史は学校で、教科書で習う昔の事みたいな感じがどこかあると思います。
でも、その時に生きていた方にとっては日常でありリアルだったはずです。
文化遺産もそうですよね。
今の価値観から見て歴史的に重要と判断したんであって、その当時であれば歴史的ではなくその時に素晴らしいものを作ろうと思っていたんだと思います。
もちろん、歴史的という感覚をもって今を生きていた方もいるとは思いますが。

この歴史的という感覚は、僕は時流を読むという事かなと思っています。

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スポーツと体のゆがみ

日記
12 /08 2013
いよいよスポーツと体のゆがみについて社会に提言する必要が出てきた。
当店に来店される方の、痛みや障害の原因が、中学、高校時代の部活にあることが明確になってきた。
ほぼ間違いない。
それが、骨格なのか、神経系のパターンなのかは、または両方なのか定かではないが。

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中村尚人

医療とボディーワークの融合を試みていきます。
自分の身体の声に耳を傾け、対話をしましょう。

~資格~
Yogaインストラクター
Pilatesインストラクター
理学療法士
シュロス®セラピスト
介護支援専門員
福祉住環境コーディネーター2級

~所属~
日本理学療法士協会
日本人類学会

~雑誌~
「ヨガジャーナル」
「ヨギーニ」
「日経ヘルス」
「からだにいいこと」
「NEXT」
「秘伝」etc

~出版物~
「ヨガの生理学」
「ヨガの解剖学」etc